人間の動きを数理科学的に分析する「スポーツバイオメカニクス」の分野において、サッカー界で研究を続けているのが、筑波大学教授・工学博士の浅井武先生です。
浅井先生はサッカーの科学的コーチングを研究し、筑波大学蹴球部(サッカー部)の顧問を務めるなど、コーチング理論と人間の動きに対する深い知見を持っています。
よくトップレベルの選手が「体が勝手に動いた」という表現をしますが、なぜそのような反応ができるのでしょう? 今回は、トップレベルの選手が身につけている 「判断力」と「調整力」についてお話を伺いました。

(※サカイク 2019年12月5日掲載記事より転載)

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photo:新井賢一

■素早い「判断力」は成功体験の蓄積から生まれる
浅井先生は「サッカーがうまくなるためには、技術や体力的な部分に加えて、"情報を収集する力"が必要」だと言います。情報とは、ピッチの中の状況、つまりボールの位置、味方、相手の位置、スペースがどこにあるかといった部分です。情報を収集して、その中でもっとも効果的なプレーを選びとる力が「判断力」です。

「情報収集能力を上げるためには、頭の中にあるデータベースの量と質を高めることが大切です。どういうことかと言うと、様々な設定や異なる状況の中でトレーニングをすることで、多くの異なる経験と成功体験が蓄積されていきます。その量と質が高まると、脳の中にあるデータベースからの呼び出しが速くなり、素早く判断ができるようになるのです」

近年、ジュニア年代から、技術に加えて判断を伴ったトレーニングをすることの重要性が叫ばれています。極端な例をあげると、判断をする必要のないトレーニングを繰り返したところで、脳の中にはデータベースが蓄積されないので、その動作はうまくできるかもしれませんが、相手と味方が入り乱れるサッカーの試合において、効果的に発揮できるようになるかは疑問符がつきます。

一方で、幼少期から判断を必要とされる設定の中でトレーニングをしていくと、経験や成功体験が溜まっていくので、状況に応じた判断の速さ、精度が上がり、より良いプレーができるようになります。

「成功した体験は印象に残っているので、脳にアクセスしやすい、優先順位の上の方にあります。そのため意識的にしようと思わなくても、無意識のうちに出やすくなるのです」(浅井先生)

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■何度も繰り返し成功することが習得のキーワード
よく、トップレベルの選手が「体が勝手に動いた」という言い方をしますが、それは繰り返しそのプレーをし、成功体験を積み重ねているので、無意識に、とっさに出ると考えられます。

「たとえば、左サイドをウイングがドリブルで持ち上がり、ゴール前にクロスを上げるとします。よくあるプレーですが、ファーサイドにいる味方選手が相手のマークを外し、裏のスペースに出て、フリーになってシュートを打つという形で得点を量産している選手がいたとしたら、それはお互いに考えなくても、『あの選手が左サイドをドリブルで持ち上がったら、ここにパスが来るな』『あの選手がファーサイドにいるので、マークを外してゴール前に走り込んでくるな』というのがイメージできますよね。それが成功体験となり、得意なパターンになるのです」

浅井先生は「昔、フランス代表にパパンという選手がいたのですが、彼がこの形でたくさん点を取っていたんですよ」と懐かしそうな顔で振り返ります。

「それほど複雑なプレーではないのですが、ゴールを量産できたのは、成功体験に裏打ちされたデータベースを持っていて、同じ形を繰り返すことで予測が速くなり、相手選手よりも速く動き出すことができたからだと思います。試合を見ていると、『よくあのコースにパスを出して、味方が走り込んでいたな』と驚くことがあると思いますが、選手達はよくやっている動き方、パターンとして頭の中に入っているんです」

何度も動きを繰り返すこと。そして成功体験を重ねること。これが、物事を習得するためのキーワードのようです。ただし、常に良い判断をして、良いプレーのイメージを持っていたとしても、それを実行するための技術は不可欠です。

たとえば、絶好のタイミングで走り込んだはいいものの、ボールが直前でバウンドしたため、コントロールをミスしてしまった。こんな経験は誰しも持っているのではないでしょうか。

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■イメージどおりいかない時に対応できる「調整力」が重要
「やろうとしたテクニックが実現できなかった時に、リカバリーするためには、どんなに速い人でも単純反応時間は0.2秒かかります。イメージしたところにボールが来ないと、タスクが複雑になるので、単純反応時間は2倍以上、0.4秒から0.6秒かかります。反応時間を早くするためには、神経系を鍛える必要があります。さらに、神経系というソフトウェアだけでなく、体というハードウェアも同時に鍛えることが重要なのです」

反応速度をアップさせ、イレギュラーな動きにも対応できるスキルを身につけるボール。それが、サカイクとプロコーチの三木利章さんで共同開発した『テクダマ』です。テクダマは、4号球の重さで2号球サイズ。そして、ボールが変則的にバウンドする特殊な仕様のトレーニングボールです。

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浅井先生に『テクダマ』を渡すと「重心を偏らせることでイレギュラーバウンドを生むのは、おもしろいアイデアですね。実際に蹴ってみると、反応時間を鍛えることに加えて、体の使い方、動き方やバランス、身のこなしのレベルアップにも応用できるのではないかと思います」と興味深そうに話してくれました。

リカバリーするための動きは"調整力"の一つですが、「イメージしたところにボールが来ないので、足を少し動かして、ボールをコントロールする」といったことが、サッカーのプレー中にはよく起こります。そのときの反応速度、身のこなしを同時に高めていくことが、サッカーがうまくなるためのポイントのひとつで、メッシやネイマール、イニエスタといった選手達は、人一倍その動きに長けていると言えるでしょう。

次回の記事では、テクダマを使った具体的なトレーニングを、科学的な裏付けをもとに、浅井先生に教えていただきます。

浅井武(あさい・たけし)
筑波大学体育系教授。工学博士。研究分野はスポーツバイオメカニクス、スポーツ工学。日本人スポーツ研究者としては、はじめて国際物理科学雑誌『Physics World』に論文が掲載。モーションアナリストとして、また、キック研究の第一人者として、新しいサッカーボールやスパイクの開発にも携わってきた。名門・筑波大サッカー部の顧問も務めるなど多方面で活躍する。