チームを支えているマネージャーに話を聞く「マネージャーの本音」。
今回、話を聞いたのは、2年連続選手権ベスト4に入っている栃木の強豪・矢板中央高校サッカー部のマネージャー・藤原友里亜さん!
矢板中央のマネージャーになるまでの経緯や選手権に向けての意気込みを話してくれたぞ!

藤原 友里亜
■ポジション:マネージャー
■学年:3年
■前所属チーム:栃木SCレディースU-15(栃木)

Q:マネージャーになったきっかけを教えてください。
「元々、私は小学校の時からサッカーをやっていて、GKとしてプレーをしていました。ただ、中学生の時に怪我をしてしまい、プレーヤーではなく裏方としてチームに関わりたいと思ったんです。その時にリハビリを支えてもらった先生やトレーナーの方に影響を受け、高校ではマネージャーの道を選びました」

Q:怪我をいつ頃に?
「2年生の終わり頃に右膝の前十字靭帯を断裂しまったんです。半月板は傷ついてなかったけど、最初は断裂していないという診断でした。でも、そのままリハビリをしていたら、全然痛みが引かなかったんです。なので、弟の友達のご両親に矢板中央のトレーナーの方が働いている病院を紹介してもらい、診てもらったら『切れているかもしれない』と言われたんです。そこから手術をしたんですけど、中3の夏にあった全国大会に間に合いませんでした」

Q:サッカーはいつぐらいから始めたんですか?
「二つ下の弟がやっていて、一緒についていったら自分もやりたくなったんです(笑)。自分のクラスにも同じチームに通っている子がいたので、スムーズに入れました」

Q:ポジションはどこだったんですか?
「GKです。県のトレセンにも選ばれた経験がありました。元々、サッカーを始めた時からGKで、弟と一緒にJリーグや日本代表の試合を見て、GKをやりたいと思うようになったんです。特に憧れたのが川島永嗣選手やノイアー選手です。そこから、『GKをやりたい』という気持ちが強くなり、サッカーを始めた時にもGKをやりたいと話し、コーチもGK経験があったので専門的な動きを教わりました。フィールドプレーヤーの経験もなかったですが、ボールに対する怖さもなかったですね。小学校の時は男の子のチームでずっとレギュラーでプレーし、中学校進学の時に栃木SCのレディースに入りました」

Q :辞める決断をしたとき、葛藤は?
「実はなかったです(笑)。ただ、親になかなか言えませんでしたね。ずっと『高校でもやる』と言っていたので、辞めることを言えなかったんです。なので、弟のサッカーを送迎した時に親と二人になり、母から『本当の気持ちを聞かせてほしい』と言われたので辞めることを伝えました。そこから受験勉強に切り替えましたね。ただ、サッカーを嫌いになっていなかったので、高校ではマネージャーをやろうと決めました」

Q:矢板中央は毎年のようにマネージャーを置くわけではありません。どういう経緯で入ったのでしょうか?
「矢板中央はあまりマネージャーを取らないのですが、自分はサッカー経験もあったのでOKをもらえました」

Q:最初はプレーヤーから転向したので、仕事も大変だったのでは?
「最初は大変でしたね。慣れてくると、楽しくなって全く苦ではなかったですね」

Q:最後に選手権に向けて意気込みを教えてください!
「高校卒業後はサッカーから離れるつもりです。このメンバーと最後まで戦って日本一を目指したい。チームは2年連続でベスト4まで行っているので、その先の風景を見たいです」